相続は「制度」ではなく、「感情」の問題

相続というと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

相続税の計算、遺言書の作成、財産の分け方、あるいは不動産の名義変更などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

もちろん、これらは相続を考える上で大切なことです。
しかし、相続の現場に携わっていると、制度や法律、税金だけでは解決できない問題があることを実感します。

それは、家族一人ひとりの「気持ち」や「感情」の問題です。

相続には、さまざまな制度がある

相続の制度とは、亡くなった人の財産や権利・義務を、家族などの相続人が引き継ぐための法律上・税務上の仕組みです。

そこには、法定相続人や相続順位、法定相続分、相続の対象となる財産、遺産の分け方、相続税、遺言書、遺留分など、さまざまな制度があります。

相続対策を考える際には、こうした制度を正しく理解し、活用することが欠かせません。

しかし、ここで忘れてはならないことがあります。

それは「制度はあくまでも手段であり、目的ではない」ということです。

手段は目的に従うものです。
相続税を減らすことや、法律に沿って財産を分けること自体が、相続対策の最終的な目的ではありません。

相続対策の本当の目的は?

では、相続対策の本当の目的は何でしょうか?

私は、親御さんが生前も自分らしく幸せに暮らし、亡くなった後も相続人同士が争うことなく、円満で幸せな相続を実現することだと考えています。

そして、財産を引き継ぐ家族も、それぞれが納得し、幸せな人生を歩んで生きることが大切です。

ところが、制度や税金ばかりに目を向けていると、家族の気持ちを置き去りにしてしまうことがあります。

法律上は問題がなくても、「なぜ自分だけが少ないのか」「親の面倒をみたり介護をしてきたのに、何も報われないのか」といった不満が残れば、家族関係に深い溝ができる可能性があります。

相続対策は、財産をどう分けるかだけでなく、家族がどうすれば納得できるかまで考える必要があります。

平等に分けることより、納得できること

ここで、あるご家庭の事例(実話に近いケース)をご紹介します。

お父様はすでに他界され、お母様は87歳。相続人は3人の娘さんです。
長女と三女は結婚して家を出て、それぞれ家庭を持っています。
次女は57歳で独身、お母様と同居して身の回りの世話をしてきました。

財産は、土地70坪の自宅土地建物、それに少しの預貯金です。

お母様が心配されたのは、自分が亡くなった後の次女の生活でした。
次女はこれまで長年にわたって自分の面倒をみてくれました。将来、自分が亡くなった後、次女が安心して暮らしていくためには、お金が必要です。

そこで、お母様は遺言書を作成し、全財産を次女に相続させることにしました。
将来、次女が自宅の土地を売却し、そのお金で施設に入ることも想定してのことでした。

ただし、ここで大切なのは、単に次女に全財産を相続させるという内容だけではありません。

なぜそのような遺言にしたのか。
次女がこれまで母親を支えてきたこと、母親が次女の将来をどれほど心配しているか。長女と三女に財産を残すことは叶わないが、長女と三女にも等しく愛情を注いできたこと。3人の子どもたちには感謝していること。
そうした想いを、遺言書の「付言事項」に記しました。

長女と三女にとって、財産を3人で平等に分ける方が公平に感じられるかもしれません。長女と三女には法律で保証された遺留分もあります。
しかし、母親の想いや次女が担ってきた役割を知れば、受け止め方も変わる可能性があります。

もちろん、付言事項を書けば必ず納得してもらえるわけではありません。
それでも、親の気持ちを伝えることは、家族の理解を得るための大切な一歩になります。

「納得相続」を実現するために

法律上の法定相続分に従って平等に分けることと、家族全員が納得できることは、必ずしも同じではありません。

私は、財産を均等に分ける「均分相続」だけでなく、それぞれの事情や想いを踏まえた「納得相続」を大切にしたいと考えています。

そのために役立つのが、次の3つです。

一つ目は、遺言書の付言事項です。
財産の分け方だけでなく、そのように決めた理由や家族への感謝の気持ちを伝えます。

二つ目は、エンディングノートです。
自分が大切にしてきた価値観や、家族への想い、これからの希望を書き残すことで、自分の気持ちを伝えるきっかけになります。

三つめは、家族会議です。
親が元気なうちに、これからの暮らしや介護、財産のことなどについて家族で話し合います。お互いの考えを知り、理解を深めることで、将来の行き違いを防ぐことにつながります。

ただし、家族だけでは話しにくいこともあります。そんな時は、相続コンサルタントのような第三者が間に入り、皆さんの想いを引き出しながら話し合いを支援することも有効です。

制度を学ぶだけでなく、家族の気持ちを大切に

相続には法律や税金の知識が必要です。遺言書などの準備も大切です。
しかし、制度だけに目を向けて相続対策を進めると、本当に大切なものを見落としてしまうことがあります。

それは、家族それぞれの持ち、家族への感謝、これまでの苦労への理解、そして「これからも仲良く幸せに暮らしてほしい」という親の願いです。

こうした想いを共有する場があってこそ、家族はお互いを理解し、納得できる相続に近づいていけるのではないでしょうか。

相続対策は、単に財産を分けるための準備ではありません。
親が安心して今を生き、家族が将来にわたって幸せに暮らしていくための準備です。

私は、家族会議の支援などを通じて、家族一人ひとりの気持ちに寄り添い、円満な相続の実現をお手伝いしたいと考えています。

相続で本当に大切なのは、財産をどう分けるかだけではなく、家族がどんな気持ちで相続を迎えられるか。

制度を正しく活用しながら、その根底にある「人の気持ち」を大切にする。
それこそが、幸せな相続への第一歩だと思います。


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この記事を書いた人

吉野喜博

吉野喜博

1951年5月、広島県広島市生れ。現住所は埼玉県所沢市。
国立呉工業高等専門学校建築学科を卒業して、建築の企画・設計・監理業務に約30年従事する。
30年前位から不動産の仕事(ビル・マンション企画開発・販売、土地の仕入れ、仲介業務等)も併行して行う。
2008年から相続の勉強に本格的に取り組む。
2016年から所沢市にて、市民の方を対象に相続勉強会と相続相談会を開催している。
2022年4月に所沢相続サポートセンターを設立。
各所で、相続セミナーの講師および相続相談会の相談員を担当。

趣味:
所沢の米で日本酒を作る会の監事、日本酒を嗜むこと、カラオケ、韓国語の勉強、映画鑑賞。

保有資格:
NPO法人 相続アドバイザー協議会認定 上級アドバイザー、
一般社団法人 相続診断協会認定 上級相続診断士、 公認 不動産コンサルティングマスター、
相続対策専門士、 一級建築士、 宅地建物取引士、 ファイナンシャルプランナー